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おまかせ寿司と ベンチャー キャピタルの 共通項とは

Vertex Partnership Group28 May 2020

Vertex Holdings CEO、Chua Kee Lockを囲んで

「ベンチャーキャピタルとは人を中心としたビジネスだ。そして、世の中を変えるようなテクノロジーや、従来のビジネスモデルをディスラプトするような素晴らしいスタートアップ企業は、世界中どこからでも生まれる可能性がある。Vertexの特徴は各地の主要スタートアップエコシステムに精通し、深い知見とネットワークを持つ投資チームを保有していることなのだよ。」

Chua Kee Lock(以下Kee Lock)は、大きな成功を収めているシリアルアントレプレナー(連続起業家)であると同時に、産業界のリーダー、ベンチャーキャピタル(VC)のCEO、そして外交官としての顔も持つ。これまでMediaRing、Biosensors、Walden International、そして現職のシンガポール政府系VC Vertexにて実績を出し続けている。そして直近では、シンガポール政府によりキューバとパナマの非居住大使として任命された。

「私たちベンチャーキャピタルは一言でいうと、着目している領域において起こる様々な問題を解決しようとしている。その結果として、意図しているわけではないのだが、既存のプレイヤーをディスラプトする結果になってしまうこともある。だがね、他社にディスラプトされるよりは自らをディスラプトする方がずっと良い。私はそう思っているんだ。」

Kee Lockはそうニヤリと前置きをおき、青森・長崎産の鯖のにぎりに合わせて鈴傳 大吟醸を口に含みながら、同僚の中村と猪飼に向けて、これまでのイノベーションに携わってきた経験や、破壊的テクノロジー・斬新な事業モデルを持つスタートアップ企業との連携について語り始めた。

*****

2020年1月20日。東京・日比谷のガード下。私たちはVertexのCEOであるKee Lockをおまかせ寿司に連れ出した。これは7.3億米ドル(約730億円)の資金調達を成功裏に完了したVertex Master Fund II (VMF II)に関するメディアインタビューをこなした後の打ち上げでもあった。

VMF IIとは、Vertexがアンカー投資家となり、Limited Partner(LP投資家)として国際協力銀行(JBIC)、日本政策投資銀行(DBJ)、丸紅、三井住友銀行、アビームコンサルティング、リサ・パートナーズ、あおぞら銀行の日本企業7社を迎え入れているマスターファンドである。

この日、Kee Lockは約2時間に亘って、Vertexの投資ポリシーや戦略、そして、興味深いことにベンチャーキャピタルとおまかせ寿司の共通項とは何か、について彼の考えを語ってくれた。

「寿司屋の世界は両極端だと私は考えている。つまり、非常に成功している、ミシュランガイドにも載ってしまうような素晴らしい評判の寿司屋と、そうではない寿司屋とにはっきりと分かれてしまうということだ。そして、そういった素晴らしい寿司屋とそうではない寿司屋を分けるのは、どれだけ良い素材を扱えるかということに集約される。実はベンチャーキャピタルにおける投資業務ととてもよく似ているんだよ。」

本題に入る前にVertex社について少しだけ補足をすると、Vertexは、シンガポール政府の投資会社であるテマセク・ホールディングスの子会社であり、傘下のネットワークファンドは合計35億米ドル(約3,500億円)以上の資産運用残高を有するベンチャーキャピタルファンドだ。シンガポールをはじめ、インドネシア、インド、イスラエル、中国と米国に拠点を持つ。各ファンドはそれぞれ個別に運用されており、ITとヘルスケア分野におけるアーリーステージやグロースステージのスタートアップへの投資を行っている。

さて、話を戻そう。

この前置きに興味をそそられた中村は先を急ぐ。

「面白い視点ですね。ベンチャーキャピタル投資とおまかせ寿司はいったい何が似ているのでしょうか?」

Kee Lockはこれまでのキャリアのことを思い返すように話し出した。

「中村さん、猪飼さん、あなたたちはベンチャーキャピタル業界に入ってまだ日が浅いね。私がVertexのCEOになってからこの会社をどのように成長させてきたか、その秘密を少し語ろう。やはり、どこまでいっても、私はGreatなスタートアップ企業に投資できるかどうかが全てだと思っている。Greatなスタートアップ企業への投資機会というのは誰しもが狙っていて、本当に一握りの、最高のベンチャーキャピタルしか入らせてもらうことができないのだよ。」

ひと呼吸おいてKee Lockは付け加える。

「先ほど取扱う素材が重要という話をしたけど、そもそも素晴らしい素材(ネタ)とはどういうものだろうか。

私が思うに、1) 素材自体が原産地や発祥地を物語っている、2) 凝縮された旨みと最高のワインのようなエレガントさがある、3) いつまでも残る奥行きのある風味を有している、4) 確かな信頼性がある、5) 食べた者の記憶に残る体験を提供する、という特徴があるんじゃないかな。」

ご存知の通り、「おまかせ」とは、食べる物やその順番をお店側にお任せするという意味であり、特に寿司屋では、全てが大将の腕にかかっているといっても過言ではない。その季節にあった料理、その日にとれた新鮮な魚などを駆使して、お客様にとってその時最高の料理を提供することが必要となる。

ちなみに、私たちが食事をしたガード下の寿司屋「鮨大前」の看板ネタは鯖。

青魚の中でも特にその産地や育て方で微妙な味の違いが出る魚だそうだ。

言うまでも無いが、青魚は環境に大変敏感ですぐに劣化してしまう。

鮨大前の強みは、店舗が魚市場に近いこと、大将が魚市場で働く方々や産地の漁師と非常に強い信頼関係を持っていることで(現在三代目大将の大前守さんとその長男で四代目の大前欽尉さんの二人がカウンターに立っている)、それによって、美味しくてユニークな鯖を良い状態でコンスタントに提供できる。それが他の寿司屋との差別化ポイントとなり、長きにわたってお客様を満足させてきた一つの要因になっているのだとか。

Kee Lockは続ける。

「ベンチャーキャピタルの宿命は、常にベンチマーク以上の投資リターンを出し続けることだ。ベンチャーキャピタルの業界では、トップティアのベンチャーキャピタルの投資リターンは、他ベンチャーキャピタルの投資リターンを凌駕する。

したがって、業界平均値というものがほどんど意味が成さない、勝者が全てを得る業界なのだよ。

それに、通常は投資先スタートアップ企業のトップ10社ほどで累計Exitバリュエーション額のほとんどを占めてしまう。だからこそ、私たちは最高なスタートアップを選択し続けなければならない。平均的なスタートアップも、もちろんそれ以下のスタートアップも選択してはならないのだよ。」

「なるほど。ではベンチャーキャピタルは、どのようにしたら常に高いリターンを出し続けられるのでしょうか?」

猪飼が先を促す。

「猪飼さん、中村さん、もう一度言うけれど、最高のおまかせ寿司とベンチャーキャピタル投資は非常に多くの類似点がある、と私は思う。」

そう言いながら、Kee Lockは以下のポイントを説明した。

「おまかせを提供する寿司屋は、お客様に最高の体験を提供するために、6つの”P”をおさえる必要があると私は考えている。

  • Producer:料理を提供する大将
  • People:漁師や仲買人との人的ネットワーク
  • Place:食材の原産地や発祥地に対する理解
  • Produce:鯖、鮪などのネタそのもの
  • Phase:適切な頃合いでの調理と提供
  • Provenance:ネタに深みを与えるストーリー

それぞれのPに関して、ベンチャーキャピタルに読み替えるとどうなるだろうか。

Producer:おまかせ寿司において大将が果たす役割は説明するまでもないね。Vertexは、云わば寿司屋の大将としての役割を果たしているのだよ。私たちが保有する200社以上のポートフォリオ企業(ネタ)を活用し、お客様(LP投資家)に対して最高の「ディール、もしくはディッシュ(食事)」を提供することがミッションだ。

People:ここでいう人とは、寿司の世界では現地の漁師や仲買人だ。寿司屋にとっては、彼らと強固な信頼関係を築くことが大切なことはわかるね。海産物は季節や気候によって捕れる量、質、種類などが異なるから、大将は確かなネットワークを持ち、それぞれの産地で最良の魚を常に確保できる関係を築いておく必要がある。一方、漁師や仲買人は各産地や海のプロフェッショナルとして、その季節に応じた最高の素材を提供する。

私たちも同じようなアプローチを取っている。それぞれの地域・領域で最先端の知見と経験を持つ現地のGeneral Partner(GP)と強固な関係を築き、彼らが最高の素材を探し出して獲得(投資)したら、それを仕入れられるようにしているのだよ。

Place:各原産地の特徴を理解し、そこで際立っている素材を獲得することも寿司屋の世界では重要だ。

そしてこれはベンチャーキャピタルでも同じことが言える。Vertexは東南アジア、インド、イスラエル、米国と中国のアーリーステージのITスタートアップに投資をしているだろう?これらのエコシステムは、実はマクロ環境・人口構成・政策などの違いにより、それぞれ独自性があり、エコシステム内にいるスタートアップにも様々な違いがあるのだよ。

例えば、中国には中間層の急拡大や国家戦略としてのAI(人工知能)などへの研究開発により、AI(例: Geek+, Horizon Robotics)、ディープテック(例:Solid Energy)やコンシューマー(例:Neiwai)領域において非常に多くの優れたスタートアップが存在する。

一方のイスラエルでは、独自の軍事イノベーションエコシステムにより、サイバーセキュリティ分野(例:Cymulate, Cylus)、自動車分野(例:Fleetonomy, Innoviz)、エンタープライズ分野(例:Kryon, Spot)において優良スタートアップを輩出している、というようにね。

Produce:どの素材(ネタ)を実際に仕入れるかが最終的に重要なのは言うまでもないことだ。私たちのアプローチは、それぞれの地域や領域の優良スタートアップ企業への投資を可能とする。例えば東南アジアでは、Vertex Ventures SEA & Indiaが、オン・デマンド型の配車や食事デリバリーを行う巨大インターネットアプリ会社であるGrabに投資をした最初の機関投資家であった。

Grabへの投資は、東南アジアにおける従来の公共交通機関の在り方をディスラプトする大きな変革へとつながった。今では140億米ドル(約1.4兆円)のバリュエーションを誇る東南アジア初かつ最大のデカコーン(100億米ドル以上の企業価値がある未上場企業)となり、ソフトバンク、トヨタ、ヤマハ、そして最近では三菱UFJ銀行など、多くの日本企業も投資をする企業となっているよね。

Vertex Ventures HC (Healthcare)は、メドテックとバイオテックのセクターにおける世界中のヘルスケアスタートアップに投資をしているのだが、良い例がVisterraだ。Visterraは、主に腎臓病やその他難病の患者向けに抗体に基づいた治療薬を開発するバイオテクノロジー企業であったが、2018年に大塚製薬に買収された。

Phase:ネタの種類によって、新鮮な状態で提供するのが良い場合と少し寝かせた状態で提供した方が良い場合とがあるが、スタートアップ投資もこれに似ている。アーリーステージで非常に魅力的なスタートアップがある一方、レイターステージやグロースステージで投資を行った方が良いスタートアップもある。必ずしも新鮮だからいいというわけではないのだよ。

Vertex Growth Fundは、Vertex Ventures HCやその他Vertexネットワークファンドの既存ポートフォリオ企業のグロースステージに投資している。

Cymulateが一つの例だ。Cymulateは、SaaS型BAS(Breach and Attack Simulation)プラットフォームを運営するイスラエルの企業で、1) 網羅的なサイバー攻撃シミュレーションのライブラリ、2) 高度なサイバー攻撃シミュレーション、3) 容易な実装、4) シミュレーション結果の迅速なレポーティング機能を武器に世界中で多くの優良顧客を確保している。直近では、サイバーセキュリティ領域における斬新な取り組みが評価されて、業界において高名な賞を2つ受賞したばかりだ。

グロースステージの企業に投資する他のファンドと異なり、Vertex Growth Fundは、Vertexネットワークファンドが「既に厳選した」優良スタートアップ企業の情報にアクセスできるという非常に大きなアドバンテージを持つ。このアドバンテージにより、VertexはLP投資家に対して最適な投資機会を提供すると共に、優良なグロースステージのスタートアップのさらなる飛躍をサポートすることができるのだよ。

Provenance:おまかせ寿司の体験を最高のものとするための最終ステップとして、大将はそれぞれの料理に対して、その起源などについてちょっとした物語を話してくれる。ネタの生産地がどこで、どのように育てられ、調理され、目の前のお皿に辿り着いたか、などの物語だ。これにより、お寿司を食べているお客様は、自分たちが食べようとしている料理に入り込むことができるよね。同時に大将は、お客様の反応を見ることによって、その後どのような料理を出すと喜ぶかなどの情報を得ることができ、お客様の好みに合わせて料理を提供することができるのだよ。

Vertexは、LP投資家の皆様に対して大きな投資リターンを提供するだけでなく、それ以上のバリュー(Value Creation Beyond Capital)を提供することを目指している。その為に、私たちもおまかせ寿司の大将のように、それぞれのポートフォリオ企業の物語や成長可能性などを説明する。VMF IIのLP投資家の皆様は、ITとヘルスケア領域の様々な地域・ステージのスタートアップにアクセスができるわけだが、更にこのようなストーリーを聞いて、協調投資や協業に向けたイメージを膨らませることができるのだよ。

話が膨らんでしまったけど、Vertexは各地域のスペシャリストによって構成されるグローバルのネットワークへのアクセスを持つことによって、それぞれの地域・領域・ステージの最高のスタートアップ達に投資する包括的なベンチャーキャピタルプラットフォームを作り上げることができたということだ。お客様に最高の料理を振舞うために、大将が地域ごと・季節ごとに最高の素材を確保しているようにね。

話が長くなってしまったけど、うまく伝わったかな?

それでは、改めて、乾杯!

Kee Lockは嬉しそうにおちょこを持ち上げた。

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